渡邉 智之『スコーロン』フィールドインプレッション

2021.06.03 Update

「自然と人をつなぐ」写真家のスコーロンデビュー。若草の奈良で、人・動物・虫を撮る。

 

 2021年5月上旬、奈良公園へ取材に出かけた。これからの季節、集中して撮影するには虫対策は必須なのだが、これまではその対策として虫よけスプレーを使ったり、レインウェアなどを着たりしていた。しかし虫よけスプレーは、効果こそあるが臭いがあまり好きではなく、臭いに敏感な哺乳類の撮影では気になっていたし、レインウェアは暑くて蒸れるので、どちらも仕方なく使用していた。

 そこで今回はスコーロンのパーカーと帽子を着用しての取材だった。通気性の良い薄い生地にもかかわらず、防虫効果が期待できるとのことだったので、着用するのがとても楽しみだった。 なお、コロナ禍のため観光客などは比較的少なかったが、撮影中やそれ以外でもマスクを着け、ソーシャルディスタンスを保ちながら、極力人との接触を避けての取材になった。

 

 

 実は僕が奈良公園に来るのは、中学校の修学旅行以来20年ぶりだ。当時の僕は特に野生動物を撮影していたわけでも、追いかけていたわけでもない。どこにでもいる普通の中学生だったので、他の観光客とかわらず、奈良公園のシカは「普段見られない珍しいものが見られた!」という感覚でしかなかった。

そんな僕が今では日々野生動物を撮影し、野山を駆け回っているわけだが、そうした今の僕の目で奈良公園のシカを見てみたいと思ったのだ。

 

 奈良公園に着いて、修学旅行の記憶をうっすらと思い出しながら歩いていると、さっそくシカたちに出会った。

 

 

 シカたちが一心不乱に草を食んでいるその向こうでは、奈良公園の関係者の女性たちがせっせと落ち葉を掃いたり、ゴミ拾いをしたりしていた。

 

 

また別の場所ではベンチに座る老夫婦が草を食むシカの群れを眺めていた。

 

 

 ここでは日々繰り返される当たり前の光景なのだろうが、よそ者の僕が改めて見ると、野生動物であるシカが人を気にせず、人もまたシカを気にすることなくのびのびと過ごしている光景は、やはりとても興味深い光景だ。

 

 

 奈良のシカは春日大社の祭神、武甕槌命(タケミカヅチノミコト)が鹿島神社(茨城県)から神鹿に乗ってやってきたと伝わっているため、神の使いとして古くから手厚く保護されてきた。そうした日本人の自然観や歴史的背景がこうした「シカと人が同じ場所で暮らすのが当たり前」の光景をつくった。

 

 しかしそうした奈良のシカと人の関係を見ていて気になったことがあった。それは観光客がシカを触る行為だ。

 

 

 奈良のシカは保護されてきている訳だが、飼育されているのではなく、あくまで野生動物である。そうした野生動物を人馴れして可愛いからと、まるでペットのように触ろうとする人が結構いるのだ。しかし彼らは犬や猫のようなペットではない。実際にシカに噛まれたり、突進されたりすることもある。注意看板も建ってはいるが、やはり気にせず触る人はいる。

 

 

 また触ることで起こる別のリスクもある。シカの体をよく見てみると、体のいたるところにゴマ粒のようなものが付いている。その多くがマダニだ。

 

 

 近年話題になっているが、マダニに咬まれると日本紅斑熱やライム病、「SFTS(重症熱性血小板減少症候群)」などの感染症を引き起こす可能性があり、そうした感染症による死亡例もある。きっと触る人はシカにマダニが付いていることに気が付いていないのだろうが、シカに触れたときにマダニが人の手などに移動し、噛まれる可能性は十分に考えられるので、やはりむやみに触らない方がいいのだ。

 しかもマダニは草の上や地面を歩いていることもあるので、シカを触らずともしっかりと対策をするに越したことがない。因みにマダニは奈良公園に限らず、山や森、河川敷、公園など身近ないたるところに生息している。奈良公園のような、一般的な場所へ出かける一般の人たちにとっても、虫対策に気をつかうことが大事なことになってきたと言えよう。

 

 今回の取材は奈良公園だけではなく、公園に隣接する若草山へ行くのも楽しみにしていた。ここは奈良の街並みが一望できる山で、登山道も整備されているので初めて登る方でも安心して登ることが出来る。

 

 

 木々の生い茂った登山道を登っていったのだが、道中、とても綺麗なコガネムシに出会った。

  話は少し変わるが、シカがこれだけ多いと増えるものがあるのだが、お分かりだろうか?それはシカたちが出す糞だ。

 

 

 公園内の地面をよく見ると黒い豆粒のようなシカの糞がいたるところに落ちている。お店の前などはお店の方が掃除をしているから比較的少ないが、公園内のすべてを人が掃除することはできない。そのまま糞が放置され続けたら、それこそ足の踏み場のないくらい糞だらけになってしまうだろうが、そうならないのは人間以外にシカの糞を掃除する存在がいるからだ。

それがこの美しい光沢をもつオオセンチコガネという糞虫(ふんちゅう)だ。虫を知らない人がこの虫を見たら、こんなにも美しい虫が糞を食べるなど思いもよらないだろう。

 

 

 奈良公園では人がシカを大切に保護したことでシカがとても多いのだが、それと比例するようにシカの糞を食べるオオセンチコガネなどの糞虫も実はとても多い。種類でいえばなんと約50種類もの糞虫が生息しているそうだ。人の行動が自然につながっていることを示す面白い事例だろう。

 

 さて話は若草山に戻るが、このオオセンチコガネを撮影している最中、10分ぐらい地面にしゃがみこんで撮影していた。当然、山の中でそれだけの時間じっとしていたらブーンと虫が寄ってくるのだが、なんと一か所も刺されずにすんだ。もちろんそのときの状況や生息数などにもよるだろうが、今回はスコーロンの効果を実体験するいい機会となった。

 また5月とは言えとても暑かったので、登山道を登っている最中には、やはり汗をかいていたのだが、あまり不快さを感じなかった。スコーロンの生地の肌触りがよく、吸汗速乾だったためだろう。こうした場所でレインウェアをきていたら、それこそ熱中症になりそうなぐらい汗だくになるので、防虫が出来る上にこの快適な着心地は本当に助かる。

 

 しばらく登山道を登ると突然視界が開け、目の前に奈良の街並みが一望できる丘の上に出た。そこにもシカたちがおり、せっせと草を食む音や鳥たちの声が聴こえてくる。まさにシカと人が同じ場所で生きていることを実感できるような場所だった。

 

 

 

 若草山のシカは奈良公園のシカよりも少し警戒心が強い。とは言え、人に慣れていて観察や撮影しやすいのは言うまでもない。奈良公園に観光に来たら、ぜひ立ち寄ってもらいたい場所だ。ただし、登山道が整備されて初心者向けの場所とは言え、サンダルやヒールの靴などで登るのはケガの元なので避けるべきだろう。

 

 日が沈み、お店も閉まり、観光客がいなくなるころ、シカたちも観光客の多い通りから離れ、森の中へと入っていく。

 

 

 時々、歩き回っているものもいるが、人馴れして警戒心をあまり感じなかった昼間の彼らとは違い、夜はずっと警戒心が強くなる。こういう姿に出会うと、やはり彼らは野生動物なのだと改めて認識させられる。

 

 

 

 因みに、夜になるとシカだけではなく、テンが駆け回り、ムササビが夜空を滑空し、フクロウの鳴き声が聞こえてきた。奈良公園は多くの人が訪れる観光地ではあるが、思った以上に木々は生い茂っており、山を背にしている場所なので、たくさんの野生動物が息づいているのだ。こうした光景も、奈良の人々が代々この土地を畏れ敬い、守り続けてきたからこそのもの、なのだろう。今回の旅は、自然と人とのさまざまな関係やつながりを見せてくれるものとなった。

 

 

 

 

写真家

渡邉 智之 | Tomoyuki Watanabe

 

「自然と人をつなぐ」写真家。ニコンカレッジ・名古屋の講師も務める。人の身近に暮らしつつも多くの人が知らないキツネやタヌキなどの生態や人との関わりを撮影している。また、自然と関わる養蜂などの生業やヘボ追いなどの文化も撮影対象。現代社会では見えにくい「自然とのつながり」を見える化することを目指し、日々奮闘している。
<WEBサイト> 人と自然をつなぐ写真家 渡邉智之

 

 

 

【お断り】このレポートは事実に基づいて掲載しておりますが、スコーロンの効果効能は使用環境・条件等により、必ずしも保証するものではございませんので、ご理解のうえご活用いただきますようお願い申し上げます。
※一部具体的な虫の名前を“虫”という表現に置き換えて掲載しています。