奥田 祐也『マッシングジャケット』フィールドインプレッション
2019.10.25 Update
マッシングジャケットを着て北の世界をアクティブに旅する
カナダの最東端に位置するニューファンドランド島は北米大陸最後の秘境とも呼ばれている。島の南東側の海域は、北から流れるラブラドル海流(寒流)と、南から流れるメキシコ湾流(暖流)がぶつかる潮目はグランドバンクと呼ばれる世界有数の好漁場として、タラを中心とした漁業資源によって栄えてきた。近年は乱獲によって枯渇してしまった漁業資源の回復のために島の漁業は衰退しているものの、今も漁を生業にする人々が数多く暮らしている。
『Coyote』という旅雑誌の編集という仕事柄、海外に取材に行くことは多い。観光要素の強い旅行情報誌ではなく、「夢みた旅」を追い求めて写真家とともに辺境の地まで足を運ぶことがしばしばある。今年3月上旬に訪問したニューファンドランド島も日本人にとっては辺境の地と言えるだろう。島といってもその面積は北海道よりも大きく、沿岸部以外のほとんどが手付かずの自然なのだ。初夏には氷山が、冬になれば流氷が押し寄せ、島の北部ではオーロラも見ることができる北の世界だ。
日本からトロント経由でおよそ17時間かけ、春の訪れを期待しつつたどり着いたニューファンドランド島はまだ冬の様相を呈していた。島の全域では頻繁に強い風が吹き、春の陽気かと思いきや突然雪煙が舞い上がって風景を白く染め、季節は真冬へと逆戻りする。強風に耐えながら歩く私の姿を見た地元の人が「ここは1日の中に四季があるんだよ」と教えてくれた。
自然環境の中で風というのは予測しきれない不安要素だ。湿度と風速によって体感温度は大きく変化するため、事前に旅先の気温を調べていても案外当てにならないことはある。この時期のニューファンドランド島の平均気温はマイナス3度程度だったが、風速15メートル以上はある強風時の体感温度はマイナス20度近くまで下がっていただろう。
極寒地へ取材に行くのは初めてのことではなかったが、毎回装備には悩まされる。趣味の登山で使用する装備でレイヤリングすれば問題なく暖をとることはできるかもしれないが、旅先で訪れるのは自然の中だけではない。今回の10日間のニューファンドランド島取材は、島の玄関口であり州都のセント・ジョンズを車で出発し、伝統的な漁師の暮らしが残る離島のフォーゴ島まで往復1000キロの道程を移動する旅だった。運転での旅はアウターの脱ぎ着が多くなるうえ、道中オシャレなレストランで食事をしたりすることも考えると、着こなしにも気を遣いたい。そういう時に、薄手のシャツの上に一枚羽織るだけでも十分な防寒性を備えたシンプルなデザインのハードシェル・ダウンジャケットが役立つのだ。
今回の取材では「マッシングジャケット」をテスト着用させていただいた。マッシングとは「犬ぞり」を意味する言葉で、その名前から連想できるように、極寒地でよりアクティブに動くことを考慮して着丈を短めに作られたハードシェル・ダウンジャケットだ。防寒着として持参した唯一のアウターだったけれど、結果的にこの一着で十分だった。ニューファンドランド島に吹き荒れる雪混じりの風をもものともしないゴアテックスファブリクスを使用したハードシェルの頑強さ、そしてジャケットの内側に向けて膨らんだ650フィルパワーの上質な「アライドダウン」が体を包み込んでくれる。それに防風用フード部の天然ファーは着脱可能なうえ、フードの内側にファーを折り返せば湿った雪による濡れも防げてより顔まわりを暖かく保つことができた。
フォーゴ島に向かうセスナの中から見た流氷は白い帯となって海を漂い、上空から見るとまるでガラスモザイクアートのように美しい模様を見せてくれた。島の北に位置するフォーゴ島周辺の海では3月上旬だというのに、波の穏やかな湾内は一面凍りついていた。港では停泊したまま身動きが取れなくなった漁船が静かに雪解けの時期を待っている。これまで凍った湖や川を見たことはあったけれど、遮られることなくどこまでも続く海が凍っている姿というのは信じがたいものだった。
毎年5月から6月にかけてニューファンドランド島の沖には巨大な氷山がいくつも流れ着く。ここは有名なタイタニック号が氷山と衝突して沈没した場所としても知られている。そして氷山が流れ着く頃には豊富なプランクトンを求めてクジラもこの海にやってくる。ここはスケールが大きい、流氷が漂う海を眺めながらつくづくそんなことを考えていた。この海の向こうには氷山が生まれる場所、グリーンランドがある。広大なニューファンドランド島のさらに20倍の広さを誇るグリーンランドを、今からおよそ40年以上前に植村直己さんは「犬ぞり」で旅をした。南北3000キロを縦断し、北極点単独到達という世界初の偉業を成し遂げた植村さんがもしこの「マッシングジャケット」を見たらなんと言うだろうか。植村さんの壮大な冒険に思いを馳せながら、そんな妄想にふけってみた。