菅原 貴徳『オーロラジャケット』フィールドインプレッション
2018.11.09 Update
北極圏での“耐える撮影”でオーロラジャケットの底力を知る
鳥が暮らす場所ならどこでも僕のフィールド。これまでにも、25を超える国々を訪れてきた。今回の行き先に選んだのはノルウェーの北極圏。目的はカモの撮影である。ん、カモ?そう、カモ。北極圏には、「ケワタガモ」という美しいカモの仲間が生息している。カモが見たいという理由だけで、北の果てまで参じてしまうところが鳥好きの悲しい性である。
冬の最低気温が時にマイナス20度を下回り、さらには寒風吹き荒れる中で暮らす彼ら。優れた保温力を持っていることは想像に難くない。この事実はすなわち、彼らの暮らす環境での撮影に挑むには、相当な寒さを覚悟する必要があるということも示している。
そのため、今回の取材が決まってから、様々なダウンジャケットを比較する必要に迫られた。保温力だけでなく、防水性や携帯性など、さまざまな角度から検討していく。そんな折、「オーロラジャケット」という気になる名前のダウンを発見。メーカー名に「Foxfire」とある。あのスコーロンの会社か。オーロラ観測は、野鳥撮影以上に待ち時間が長く、夜ということもあって気温も低い条件。そのために作られた製品なら期待に応えてくれるかもしれない。そう直感し、今回の旅で着用することを決めた。色はアイアンブルーを選択。艶が抑えられ落ち着いた印象で、北国のモノクロームな景色にうまく馴染んでくれそうな色合いだ。
さて、久しぶりの北極圏。地元の人は「春めいてきた」というものの、気温はマイナス10度ほど。期待通り、寒い。オーロラジャケットの性能を評価するには絶好とも言えそうだ。
早速オーロラジャケットを着てのカモ探しである。野鳥撮影は、「探索」「観察」「待ち」の繰り返しが基本。撮影は最後のおまけのようなものだ。早速、新雪を踏みしめながら港を端から端まで歩いて行く。風がなく穏やかだなと感じたのもつかの間、突然の吹雪に視界を遮られる時間帯も。そんな時はフードを深く被ってやり過ごす。なお、アウターシェルの表面には透湿防水素材「GORE-TEXファブリクス」が採用されており、雪や水滴がコロコロと転がって行くのがわかるのは嬉しい。
半日をかけ、目的のカモたちを無事発見。観察に切り替えて、どのような行動をしているかのデータを集めることができた。そうなれば、次は「待ち」である。今日は港の端にある磯場に隠れて待つことにした。僕の推測が正しければ、ウニなどの獲物を探しにくるカモたちを近くで写せるはずだ。
野鳥撮影では、雪の上に座って長時間にわたり鳥を待ったり、低い位置から撮影するために雪に寝転ぶことがよくある。その際、通常のダウンでは、溶けた雪が沁みて保温力が失われてしまう。ところが、オーロラジャケットのダウンは、羽毛そのものに超撥水加工が施された「QUIX DOWN」が使われていて濡れないのだ。余談だが、鳥たちも、腰のあたりから分泌される油を羽に塗ることで、自らの羽に撥水加工を施しているのは偶然ではないだろう。
さて、磯に腰掛けてひたすら待つ。気持ちが高ぶっているとはいえ、鳥に気づかれないよう動かず待機しているのはそれなりに辛い。しかし、体温が逃げないので寒さからくる辛さはなかった。気に入ったのは、裾が長い点。通常のダウンジャケットだと、座ると腰のあたりに隙間ができ、そこから暖かい空気が逃げてしまうのだが、その心配がないのは大きかった。そして、深いフード。ファーと合わせ外気の遮断効果が高く、風が吹いても頰が痛くならない。また、鳥たちからこちらの目が見えにくく、気づかれにくい点は思わぬ副産物だった。
結局、ホンケワタガモとコケワタガモが近づいてきてくれたのは2時間後。日没も迫り、気温も徐々に下がる中、めげずに待てたことはなによりもオーロラジャケットの性能の高さを物語る。遠くまで来た甲斐を噛みしめる夕暮れだった。
港での撮影に手応えを感じ、借りているアパートの一室に戻る。防寒具を壁にかけ、夕飯の支度。ほっとするひとときである。湯気で曇った窓の向こうに、一番星が光った。どうやら今夜は天気が良さそうだ。オーロラが出現するかもしれない。食後、ふたたびオーロラジャケットを羽織り、外へ。先述の通り、夜間に長時間の待機が要求されるオーロラ観測では、保温性がとにかく重要だ。寒さに凍った三脚と、空を覆う素晴らしいオーロラの感動を手にして戻って来たのは4時間後。満足感に満ちた、長い1日が終わる。
序盤から成果に恵まれるこの旅も、まだ始まったばかり。ノルウェー北極圏にもうしばらく滞在したのち南下し、1ヶ月をかけオランダ、ドイツと続く。移動と時間の経過に伴い、気温も大きく変化するが、極力荷物を減らしたい長旅において、インナーダウンの取り外しで対応できるのは大変便利だ。装備の不安がなくなった今、自然が見せてくれる様々な姿が楽しみでならない。
写真家
菅原 貴徳 | Takanori Sugawara
1990年、東京都生まれ。幼い頃から生き物に興味を持って育ち、11歳で野鳥撮影をはじめる。東京海洋大、ノルウェー北極圏への留学、名古屋大学大学院で海洋生物学を専攻した後、写真家に。国内外問わず、様々な景色の中に暮らす鳥たちの姿を追って旅をしている。共著書に『鳴き声から調べる野鳥図鑑』『生き物の決定的瞬間を撮る』(いずれも文一総合出版)など。
<WEBサイト> FIELD PHOTO GALLERY